2010年11月20日土曜日

Shut UP & Sing

2006年アメリカ映画

Dixie Chicks のドキュメンタリー映画。凄く面白かった。日本で公開されたかどうか分からない、していないかもしれない。それぐらい日本人には関心のない「出来事」であり、Dixie Chicks の知名度の低さを物語っているのかもしれない。どちらも非常に残念なことです。

2003年のスーパーボールでの国歌斉唱をするぐらいアメリカの国民的なミュージシャンであった Dixie Chicks が、その年のロンドン公演での発言で一気にアメリカ国民の非難の的になるという、正に頂点から一気に奈落の底へ転落...。この映画は、3年後の同じロンドン公演までのメンバーを克明に記録したドキュメンタリー。単に Dixie Chicks ファンのための作品ではなく、一般のドキュメンタリー作品としても秀逸です。

その発言とは2003年、アメリカがイラク侵攻を開始する10日前

We're ashamed that the President of the United States is from Texas.
私たちは米国大統領が同じテキサスの出身だということが恥ずかしい

ロンドン公演のステージで発言、ヨーロッパの観客は賞賛。でも、これでアメリカメディアは一気にChiks攻撃を開始、そして国民も追随。ChiksのCDを踏みつけるわ、それまで彼女らの曲を流し続けていたラジオ局は一切流さない。

例の愛国心の嵐に巻き込まれてしまった Dixie Chicks です。完全にスケープゴート、生贄にされた感があります。一説では、ブッシュを非難するミュージックビデオを発表する予定だったマドンナが、このChicksへの反応を見て発表を取りやめたぐらい。ボーカルのナタリーへの殺人予告もあったし、アメリカ議会でも Dixie Chicks が取り上げられたほどです。もう、何が正義か分からない状態です。

でもね、この程度の発言でそこまでなるか、と思います。これを政治的発言と受け止めるところに、あの時期のアメリカを垣間見るようです。ちなみに映画タイトルの Shut Up & Sing は劇中のあるお方のChicksへの発言で
だまって唄ってれば良いのよっ!
てな具合です。あはは、呆れますね。

開戦から3年も経たない内に「イラク戦争は誤りであった」という世論が過半数を超え、依然として戦争の大儀だった大量破壊兵器は発見されていない。今の時点だから Chicks に賛同しながらこの映画を観るのではない。ロンドン発言の頃から、「良くぞ言ってくれた」と私は喜んでいた。しかし同時に「彼女らが発言するとは思わなかった。この先大丈夫かな?」と不安に思ったのを覚えている。実は、映画にあるようなその後の展開は知らなかった。想像以上の苦難だったようです。

「彼女らが発言するとは思わなかった」のは、正に国民的なグループだったからです。私はカントリーミュージックは好きですが、所謂愛国心丸出しのカントリーは好きではないのです。そんな私でも Dixie Chicks は別格。カントリーと思って聴いてはいないので...。

Goodbye Earl という曲で私はDixie Chicksが完全に好きになった。この曲は、旦那の家庭内暴力に苦しむ妻が高校の頃の親友と共謀して旦那を殺してしまう、という内容。そんな曲をムチャクチャ明るい軽快な楽曲にしてしまう、そんなミュージシャンなのです Dixie Chicks とは。センスも抜群に良いのです。「可愛らしい娘たちねぇ」とアホな連中が近づくと、ガブっと噛まれてしまう、そんな感じ(どんな?)。ちなみに、この曲は保守的なカントリー放送局では流されないそうです。それも笑えます。

アメリカのカントリーミュージックなんて日本の演歌でしょ」という人がいますが、間違いです(ついでに「ブルースは演歌でしょ」も大間違い、ブルースは愛国心は唄わないけどね)。そんな甘いものではありません。紅白歌合戦に出る演歌歌手は決して愛国心丸出しの曲は唄わないし、国民も望んではいない。ましてや、演歌歌手が自国の首相を非難することもしないし、したとしても演歌ファンは怒り狂うことはありません。

そういう怒りの対象になってしまったのが Dixie Chicks だったのです。どこぞの国にもあるように、ファンが「裏切られた」なんて思うのがそもそも間違っているのです。狭い考えの範疇に入れたがるファンに迎合しているアーティストの表現なんてたかが知れています。そういう意味でもDixie Chicksのクオリティーは高いのです。

この2003年の出来事を経て完成したアルバム Taking The Long Way は格段に素晴らしい。このタイトルが既に多くを語っています。これらの楽曲は映画でも使用されているが、彼女らが味わった境遇がフラッシュバックして息を呑んで聞き入ってしまう。

映画の終盤、事件のきっかけの発言をしたボーカルのナタリー・メインズが、全ての責任を被りバンドを止めたいという思いを、メンバーのマーティ・マグワイアが涙して語るシーンには、思わず涙してしまった。彼女らは素晴らしいミュージシャンである前に、普通の女性でありそして母なのです。

そして映画の最期は、あの事件があった3年後のロンドンの同じステージ、The Scene of the Crime 事件現場である。ボーカルのナタリーは再び言ってくれました

The return to the scene of the crime.... we're ashamed that the President of the United States is from Texas.

両脇にいるバンドメンバーのマーティ・マグワイアとエミリー・ロビソンは満面の笑みです。そして大歓声で迎えるオーディエンス。それを観ながら私は泣きながら笑いました。

PS
F.U.T.K Tシャツの場面は好きです。ギャグとは違う知的なユーモアがわが国には少ない欧米ならではの楽しい文化だと思います。

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