2015年7月27日月曜日

英国一家、日本を食べる (2013 マイケル・ブース)

発行:2014年9月3日第1版第15刷(2013年4月15日初版)
原書:Sushi and Beyond: What the Japanese Know About Cooking(2010年5月6日発行)

英国人の著者は本書執筆前、日本に100日間滞在した。その滞在前の彼は

「充分わかっているさ、すごく味気ない ってことは。日本料理なんて見かけばっかりで、風味のかけらもないじゃないか。あれに楽しみがあるのか?温もりがあるのか?もてなしの心があるってのか?脂肪もなけりゃ味わいもない。どこがいいんだよ?生の魚に、ヌードルに、揚げた野菜だろ... しかもみんな、盗んだ料理だ。タイとか、中国とか、ポルトガルから。まあ、どこだって関係ないか。だって、何でもかんでもショウユに突っ込むだけだから、みんな同じ味だよ。いい魚屋がいて、切れる包丁さえあれば、日本料理なんて誰だって作れるね。違うか?タラの精巣にクジラの肉だって?ぜひともお目にかかりたいものだね。」P.9

こんな「言いがかり」に、どれだけの日本人が的確に反論できるだろうか?それに対して、著者の友人のトシは

「フランス人てのは、あの人がセックスを知ってる程度にしか、日本料理を理解しちゃいないさ」あるときトシは、通りすがりの尼僧を指差しながらそう言った。P.10

トシの説明の是非はともかく、「日本料理とは」を外国人に説明するのはとっても難しい。

これは去年の出来事。あるインターネットの交流サイト(外国人の日本語学習を助けるサイト)で、外国人(米国人だったと思う)が「日本のラーメンは中国料理」的な発言を、とある日本人が肯定した。そこで私は、なぜか分からないが、猛烈に反論 する投稿をした。「中国には日本のラーメンと呼べるものはない、ラーメンは日本料理だ!」と。

こんな風にラーメンを始め、鮨や天ぷらの「本当のこと」を分かっている日本人は多くない。(「ラーメンが日本料理か」の是非はともかくとして...)。

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日本料理から日本を知る

本書を知るきっかけは、妹から教わった、現在放送中のアニメ番組「英国一家、日本を食べる」から。アニメの方も楽しいが、その原作となった本書は更に突っ込んだ話題で興味深かった。

アニメでも、東京の満員電車など日本文化を皮肉ったような表現があったが、本書ではさらに鋭い指摘が多い。例えば

思考停止したような10代の女子たちの受けを狙う、パッとしない和製ポップミュージック P.61

Jポップファンには気の毒だが、これは私も全く同感の「Jポップ」というものの解説。私が洋楽好きだからではない、世界的に見ればこの評価が「真っ当」なのは明らかなのだ。

日本文化を抜きに日本料理は語れないが、本書の主軸は日本料理だ。トラベルジャーナリスト、フードジャーナリストの著者の目を通した日本料理は、私の知らないことが多かった。「だし」の意義なんて、ようやく理解でき始めたのはここ数年のこと。毎日料理することもあってか、徐々に「素材の味」についても分かってきた気がしている。

「鯖鮨と豆腐:京都5」では、現在の形態に至った「鮨の歴史」を垣間見た。「世界最速のファストフード:大阪1」「奇跡の味噌とはじご酒:大阪2」では、私も年に何度か体験している大阪の食の雰囲気が鮮明に描かれている。

世界に広まる次の日本の料理のトレンドはお好み焼きじゃないかと、今も思っている。すぐにできて、安くて、シンプルで、結構ヘルシーで(何といっても50パーセントはキャベツなんだから)、見た目に楽しく、文句のつけようがないほどおいしい。P.193

同感です。この文章を読んだとき、ふと自宅でお好み焼きを作っていないことをに気づいて、「あぁ、何やってたんだ俺は〜!!」となった(笑)「たこ焼き、お好み焼きは、大阪行って食べるもの」と刷り込まれ過ぎていた。大阪の人はその逆だけどね、「自宅のたこ焼きが一番やで」と(笑)


日本料理とは

さて、冒頭に引用した日本滞在前の著者の日本料理への考えが、タラの精巣(白子)とクジラの肉を滞在中に食べて、どう変わったのかというと
日本料理は見かけによらず単純で、大切な素材はふたつしかありません。昆布や鰹節で取るだしと、大豆で作る醤油です。辻静雄『Japanese Cooking: A Simple Art』 
この文章のキーワードは「見かけによらず」だと思う。なぜって、日本料理は決して単純じゃないからだ。P.270

著者同様に、私も未だにも「日本料理が分かった」なんて言えない。ただ、もっと知りたい、もっと体感したいという欲望は増すばかりだ。

日本料理というより、職人としての料理人を著した以下が印象的。

本物の偉大な料理人になるには、つまり専門に秀で、同業者を凌駕し、単なる食事にはとどまらないものを生み出すには、何にもまして謙虚さを身につけるべきではないのか。自分の技術に対して謙虚であれば、常に学ぶ姿勢を忘れず、新しい手法や素材を素直に取り入れられる。また、同業者に対して謙虚であれば、現状に甘んじることもない。P.268

自分自身も、自らの仕事に職人的な「誇り」を持って向かっているので、この言葉は胸に響く。

最後に、本書の面白さは著者の存在だけではない点をあげる。著者と共に滞在した妻と子供二人の存在は欠かせない。アニメでは誇張されて描かれてるような気がしたが、実は現実の方がもっとエキサイティングだったろうと想像する。

4歳のエミルが、軟骨の串焼き好んだことはアニメでも描かれていた。

しかもエミルは、その日、魚の目を全部おいしそうに平らげて、そのことを本に書いてほしいと言った。P.271

私もガキの頃、「頭が良くなる」という「誘い」よりも、貴重な部位として兄貴らと「魚の目玉争奪戦」をしながら目玉は食した。今でも楽しんで食べる。そういえば、先に紹介したインターネット交流サイトで、同じ外国人が「日本人は魚の目玉を食べるんだって!!」と。何だか嫌な気分になって、その外国人のメッセージは無言で「遮断」した。

ああだこうだと言う前に、体験してから発する人になりたいものです。本書から「世界をもっと食べてみたい」「世界をもっと知りたい」という気にさせられた。日本というものを、もっと知りながら。

そして今夜、映画「Jiro Dreams of Sushi」を再び観て、これまで以上に心動いた。

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