2015年10月13日火曜日

「洗練さ」とは(あっぱれなDucatiモデル?)

バイクファンの皆さま、こんにちは。これどう思います?
不覚にも「カッコ良い」と思っちゃいました。「Ducatiのスクーターです」と商売したら犯罪だろうが、個人所有でここまでやってくれたら OK します。

これ、XJRさんが発見してメールしてくれたのですが、所有者不明、ブログ掲載への許可もXJRさんから頂きこうやって話題にしてみた。

フロントフォーク周りなど「バイク愛」を感じてしまうのは私だけだろうか? なんといってもカラーリングとロゴが素晴らしい。ペインティング前の元の姿を忘れてしまうほどだ。

思うに、カラーリングて重要だ。日本の製品て「多色過ぎる」のか「配色間違っているのか」、「そもそもセンスが私と違うのか」(これが有力でしょうね、RC213V-S を思い出した)、欧州に比べて洗練さに劣るような気がする。むしろ日本の伝統工芸のシンプルさに深みを感じる。Apple のデザイナー Jonathan Ive が日本刀にインスパイアされた理由も分かる、Jonathan は英国生まれ。

「洗練さとは引き算」と思っている。「残すべきものを残した先にあるもの」です。10年ほど前に買った自宅のテレビリモコンの「ゴチャゴチャ感」を見るたびに嫌になる(もうテレビ見ないから、ほとんど目にしないが)。


本物を求める

「ナイキ」だって、私なら「ないき」とするけどね。

どこぞの国の、見るに堪えない「ばったモン」だが、ここまでくると「サブカルチャー」っぽくて悪くない。死んでも欲しくないけどね。

「adidus」とか、昔の日本でも「ばったモン」を作っていた頃を知っているので、そんなどこぞの国を笑えない。ただ、奴らは「やり過ぎ」「厚顔無恥」て感じはしてしまう。

「本物を求める」のも洗練さの一歩でしょう。「本物を求めて真似したら、本物を超えちゃった」は合格だと思う。少なくとも、冒頭の Ducati カラーのスクーターは合格です。

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