2016年1月20日水曜日

Breaking Bad (US TV Series)

このTVドラマ並の高いクオリティの作品を、日本では 10 年経っても作れないだろう。

Breaking Bad is widely regarded as one of the greatest television series of all time. By the time the series finale aired, the series was among the most-watched cable shows on American television. (略) In 2013, Breaking Bad entered the Guinness World Records as the highest rated show of all time. 
歴代で最も評価された番組としてギネス世界記録 に認定。

「ギネス記録」という賛辞でも足らないほどに凄いドラマだと思う。
今月8日から見始めて、昨日全シーズン5 を見終えた。シーズン 4, 5 辺りから、完全にドラマに引き込まれ、明け方近くまで見続けた日もあって、すっかり生活のリズムが狂ってしまった。

"Orange is the New Black" も大概すごいのだが、”Breaking Bad” はそれも超えている。こんなTVドラマを作ってしまう米国の娯楽産業、というか文化を生み出す力を見せつけられた感じだ。

そんな番組の魅力を表現するのは容易ではないが、思いつくままに書いてみる。


「悪」とは何か?

この文句のつけようがない作品は、全てが期待以上で、その魅力を「想像力を奮い立たせてくれる」と表現することもできる。

  • 「悪」て何だろう?
  • 「善の反対が悪」なのだろうか?
  • 「法を犯す」と「悪」は同じなのか?

シンプルなこれらの疑問に、明確な答えない。このドラマが挑んでいるテーマに、これらの疑問があると考える。

この作品は「こうあるべき」という倫理や道徳感を与えるものではない。とはいえ、作品が送るメッセージを解釈するのは視聴者で、作品もそれを求めている。

ネタバレになるので詳細には書かないが、ドラマを象徴するエピソードを一つ挙げる。主人公の「犯罪」が「家族のためではなかった」発言だ。普通?の「(安易な)ハッピーエンドドラマ」では、こんな発言はないだろう。「家族愛」とか「友情」が「悪に打ち勝つ姿」を、普通?は期待する。

この作品は違う。言うならば「そんな生ぬるい表現」などないのだ。それでも主人公が「ヒーロー」並みにカッコ良く思えてしまうのは、共感するところがあるからだ。


I liked it. I was good at it. And I was really, I was alive.

こう発した主人公に深く頷いてしまった。

生々しくも高いリアリティをもってしか、真実は描けない。それが不足したものは「幼稚」なのだ。「幼稚」は「成長の反対」であり、決して次のステップへ行かない。


I Love "Gus"

愛すべき登場人物ばかりなのだが、最も興味深いキャラクターを一人あげる。Giancarlo Esposito が 演じた Gustavo "Gus" Fring だ。
彼は「超」悪人なのだが、やっていることが「悪事には見えない」。ビジネスを戦略的に回しているだけのようで、主人公の Walter よりも賢明な判断をし続けた稀な人物。

最初の登場シーンから、完全に彼に魅了された。"Smoke", "Blue in the Face" に出演しているとのことだが、全く覚えていない。他の出演作品を見るのが楽しみだ。


日本版 Breaking Bad は?

先週実家に帰った際、NHK のTVドラマをボンヤリ眺めていた。TVを見ないので、久しぶりに見る日本のTVドラマは、とても「幼稚」に見えた。そのドラマは大正あたりの時代劇のようで、小綺麗な着物や真新しい家具などのセットが、余計に「嘘」「リアリティの欠如」を増加させているようだった。

妹曰く「***役の女優の**を死なせないで、という視聴者の声があるって」と。「なんじゃそりゃ、阿呆な話やな...」となり、以下の疑問が頭をよぎった。

  • 視聴者の声に応えて、脚本を変えることがあるのか?
  • 視聴者の反応を知るのは大切だが、作り手側が迎合する必要はないだろ?
  • 作り手側は、視聴者の想像や期待以上のものを作るのが仕事でしょ?

私ができるのは「そんな番組は見ない」こと。

「日本版 Breaking Bad」を想像してみた。銃も違法薬物も、米国とは規模が違い過ぎるが、テーマを同様に「悪」とすれば描けることはたくさんある。フィクションとして描いて欲しい、リアルな企業や権力の「闇の部分」は無数にある。それが「悪かどうかの判断」は不要で、社会を描いたリアルなフィクションで良いのだ。

無理だな、やっぱり。スポンサーや権力の「庇護」の下、そんな「面白い作品」は生まれない。冒頭の「10 年経っても作れない」は、もしかして「50 年経っても」の方が正しいかもしれない。新しい価値観をもった世代が台頭して、社会全体に影響するのに、短くても 30 年は要するだろう。成熟するか幼稚になるか分からないが...。

「お茶の間のTV」「家族みんなで見るTV」という、とうに衰退したはずの価値観に沿っに番組制作に、高いクオリティは期待できない。TV番組の延長のような日本映画に、期待できるはずもない。

こんな風に「日本では作れない」を考えてしまうのは、「世界で戦えない」ことを危惧してのこと。「精神的鎖国」の状態では、とうてい世界なんて見えないし、それこそ「世界から孤立」の状態だ。「世界で戦える価値観」を重んじる、こんな私の考えは、しばらく日本ではマイナーなのかもしれない。

「幼稚」な番組を含めて、多様な作品もあって良い。批判しているのは「幼稚な作品ばかり」という状態。その国が生み出す作品が示すのは「文化の成熟度」。例えば黒澤明監督作品が世界的にも色褪せないのは、「成熟した文化」を示している面もある。ゆえに「古典」と称されるのだろう。

たかがTVドラマなのだが、低いクオリティの作品しか生み出せない社会は、どこか「窮屈」だ。時代や社会を、鮮やかに描くのがTVドラマや映画。単純で幼稚な作品しか作れない社会は、息苦して不自由だ。

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