Breaking Bad is widely regarded as one of the greatest television series of all time. By the time the series finale aired, the series was among the most-watched cable shows on American television. (略) In 2013, Breaking Bad entered the Guinness World Records as the highest rated show of all time.
歴代で最も評価された番組としてギネス世界記録 に認定。
「ギネス記録」という賛辞でも足らないほどに凄いドラマだと思う。
今月8日から見始めて、昨日全シーズン5 を見終えた。シーズン 4, 5 辺りから、完全にドラマに引き込まれ、明け方近くまで見続けた日もあって、すっかり生活のリズムが狂ってしまった。
"Orange is the New Black" も大概すごいのだが、”Breaking Bad” はそれも超えている。こんなTVドラマを作ってしまう米国の娯楽産業、というか文化を生み出す力を見せつけられた感じだ。
そんな番組の魅力を表現するのは容易ではないが、思いつくままに書いてみる。
「悪」とは何か?
この文句のつけようがない作品は、全てが期待以上で、その魅力を「想像力を奮い立たせてくれる」と表現することもできる。
- 「悪」て何だろう?
- 「善の反対が悪」なのだろうか?
- 「法を犯す」と「悪」は同じなのか?
シンプルなこれらの疑問に、明確な答えない。このドラマが挑んでいるテーマに、これらの疑問があると考える。
この作品は「こうあるべき」という倫理や道徳感を与えるものではない。とはいえ、作品が送るメッセージを解釈するのは視聴者で、作品もそれを求めている。
ネタバレになるので詳細には書かないが、ドラマを象徴するエピソードを一つ挙げる。主人公の「犯罪」が「家族のためではなかった」発言だ。普通?の「(安易な)ハッピーエンドドラマ」では、こんな発言はないだろう。「家族愛」とか「友情」が「悪に打ち勝つ姿」を、普通?は期待する。
この作品は違う。言うならば「そんな生ぬるい表現」などないのだ。それでも主人公が「ヒーロー」並みにカッコ良く思えてしまうのは、共感するところがあるからだ。
I liked it. I was good at it. And I was really, I was alive.
生々しくも高いリアリティをもってしか、真実は描けない。それが不足したものは「幼稚」なのだ。「幼稚」は「成長の反対」であり、決して次のステップへ行かない。
I Love "Gus"
愛すべき登場人物ばかりなのだが、最も興味深いキャラクターを一人あげる。Giancarlo Esposito が 演じた Gustavo "Gus" Fring だ。
彼は「超」悪人なのだが、やっていることが「悪事には見えない」。ビジネスを戦略的に回しているだけのようで、主人公の Walter よりも賢明な判断をし続けた稀な人物。
最初の登場シーンから、完全に彼に魅了された。"Smoke", "Blue in the Face" に出演しているとのことだが、全く覚えていない。他の出演作品を見るのが楽しみだ。
日本版 Breaking Bad は?
先週実家に帰った際、NHK のTVドラマをボンヤリ眺めていた。TVを見ないので、久しぶりに見る日本のTVドラマは、とても「幼稚」に見えた。そのドラマは大正あたりの時代劇のようで、小綺麗な着物や真新しい家具などのセットが、余計に「嘘」「リアリティの欠如」を増加させているようだった。
妹曰く「***役の女優の**を死なせないで、という視聴者の声があるって」と。「なんじゃそりゃ、阿呆な話やな...」となり、以下の疑問が頭をよぎった。
- 視聴者の声に応えて、脚本を変えることがあるのか?
- 視聴者の反応を知るのは大切だが、作り手側が迎合する必要はないだろ?
- 作り手側は、視聴者の想像や期待以上のものを作るのが仕事でしょ?
私ができるのは「そんな番組は見ない」こと。
「日本版 Breaking Bad」を想像してみた。銃も違法薬物も、米国とは規模が違い過ぎるが、テーマを同様に「悪」とすれば描けることはたくさんある。フィクションとして描いて欲しい、リアルな企業や権力の「闇の部分」は無数にある。それが「悪かどうかの判断」は不要で、社会を描いたリアルなフィクションで良いのだ。
無理だな、やっぱり。スポンサーや権力の「庇護」の下、そんな「面白い作品」は生まれない。冒頭の「10 年経っても作れない」は、もしかして「50 年経っても」の方が正しいかもしれない。新しい価値観をもった世代が台頭して、社会全体に影響するのに、短くても 30 年は要するだろう。成熟するか幼稚になるか分からないが...。
「お茶の間のTV」「家族みんなで見るTV」という、とうに衰退したはずの価値観に沿っに番組制作に、高いクオリティは期待できない。TV番組の延長のような日本映画に、期待できるはずもない。
こんな風に「日本では作れない」を考えてしまうのは、「世界で戦えない」ことを危惧してのこと。「精神的鎖国」の状態では、とうてい世界なんて見えないし、それこそ「世界から孤立」の状態だ。「世界で戦える価値観」を重んじる、こんな私の考えは、しばらく日本ではマイナーなのかもしれない。
「幼稚」な番組を含めて、多様な作品もあって良い。批判しているのは「幼稚な作品ばかり」という状態。その国が生み出す作品が示すのは「文化の成熟度」。例えば黒澤明監督作品が世界的にも色褪せないのは、「成熟した文化」を示している面もある。ゆえに「古典」と称されるのだろう。
たかがTVドラマなのだが、低いクオリティの作品しか生み出せない社会は、どこか「窮屈」だ。時代や社会を、鮮やかに描くのがTVドラマや映画。単純で幼稚な作品しか作れない社会は、息苦して不自由だ。


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