2016年1月18日月曜日

暗号解読 by Simon Singh

出版:2001年7月1日文庫版(原書1999年9月)
原書:The Code Book
翻訳:青木薫

サイファーパンクとは、人に見られずに親書を送ることは万人の権利であるとの立場から、暗号技術の規制に反対する人たちのこと。P.113

現在のネットセキュリティ技術の黎明期の当時、私は大手企業で電子署名、暗号、電子証明書認証などのシステムを設計、開発していた。幾つかの政府系システムにも携わった。

そんな中、私はこの サイファーパンク という言葉に魅了されていた。本書でも登場する PGP をめぐる物語もワクワクして読んだ。権威とか、権力などに対して、無自覚に拒否反応を示す私の性格上、権威や権力の外で強力な暗号技術が広まっている様は痛快だったのだ。

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真の「愚か者」が救う、権力にあらず

RSA による公開鍵システム、ディフィー・ヘルマン鍵交換(Diffie-Hellman key exchange)の誕生は、暗号の歴史を完全に塗り替えたと思う。その誕生から、まだ半世紀も経っていないことに、改めて驚く。そんな現代の暗号やアルゴリズムへの想いについては、鍵交換の概要とともに「鍵配送問題の解決:アルゴリズムと思想の強度」に書いた。本書を読んでいる途中だったが、興奮して書かずにおれなかったのだ。

1970年代に入るころには、政府にも大企業にも雇われていない、当時としてはめずらしい完全なフリーランスのセキュリティ専門家になっていた。それは同時に、どんな権威にもとらわれない暗号作成者になることでもあった。今にして思えば、彼は最初のサイファーパンクだったのだ。P.113

彼こそが Diffie-Hellman の一人 Whitfield Diffie 、彼は「サイファーパンク」なのだ。そしてもう一方の Martin Hellman の次の言葉は印象的だ。

オリジナルな研究をやるということは、愚か者になることなのです。諦めずにやり続けるのは愚か者だけですからね。(略)コケてもコケても大喜びできるぐらい馬鹿でなければ、動機だってもてやしないし、やり遂げるエネルギーも湧きません。神は愚か者に報いたまうのです。P.119

本当の意味での「イノベーション」は、「愚か者」にしか達成できないのかもしれない。


暗号解読の終焉

本著者の Simon Singh は「フェルマーの最終定理」で有名だが、本書も面白さは負けていない。「フェルマーの最終定理」では現代までの数学の歴史を見事に描いているのと同様に、本書では暗号の歴史だ。フォーカスされているのは、平易に解説した技術面だけではなく、それらが生み出された背景、そして人々。歴史や技術、そして人のつながりが、フィクション以上にドラマチックに感じてしまう。

「暗号」という「秘密」めいた響きに、抗いがたい魅力を感じるのは私だけではないだろう。「暗号を解く」=「秘密を暴く」という「達成感」は、実際に暗号解読をしなくても、その魅力はわかるだろう。そんな魅力が失われる時は遅かれくる。それは量子コンピューターの登場の時だ。

素数に憑かれた人たち:リーマン予想への挑戦」にも書いたが、「リーマン予想の証明が素数定理に基づく RSA 暗号の解読には繋がらない」というのが私の立場だ。つまり、RSA 暗号解読は依然として「総当たり」が基本で、「何億台のコンピュータを用いても解読には膨大な時間が必要」、これが「暗号強度」。

そして、この「何億台」が「台」、「膨大な時間」が「数分」に変えるのが量子コンピューター。ただし、面白く、且つ嬉しくもあるのは、量子暗号がすでに生み出されている事実だ。

しかしわれわれはいま、RSA がすでに解読されている時代、おそらくは強力な量子コンピューターができた後の時代、にいると仮定していることを思い出そう。(略)鍵配送問題を迂回する方法を見つけようとした。(略)二人はかつて作られたどの暗号よりも安全な暗号、量子暗号を生み出したのである。P.271

真の意味で「鍵がなければ解けない」が「量子暗号」。

量子暗号は暗号作成者と暗号解読者の戦いにピリオドを打ち、暗号作成者が勝者として立ち現れるだろう。量子暗号は解読不能な暗号システムである。P.286 
量子暗号システムが長い距離で使えるようになったとき、暗号の進歩はそこで止まる。プライバシーの探求劇も、そこで幕となる。量子暗号のテクノロジーは、政府、軍部、ビジネス界、大衆の誰に対しても安全な通信を保証してくれるだろう。P.287

本書は以下の疑問文で終わる。

犯罪者を保護することなく情報化社会を豊かにするために、政府はどのように量子暗号と向き合ってゆくのだろうか? P.287

Alan Turing など、政府により秘密にされた暗号技術と開発者の歴史は多くを物語る。情報戦争を迎えている現代では、政府により隠されている暗号技術は少なくないだろう。それゆえに、今のネットセキュリティの基盤を築いた「サイファーパンク」の業績は輝かし。

量子コンピューター登場後の社会を想像すること困難だが、確実に言えることはある。そんな社会になっても「サイファーパンク」的な人たちこそが、社会を豊かにする技術を生み出すということ。政府などの権力ではありえないのだ。

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