訳者:山形浩生(やまがたひろお)
原書:Super Crunchers: Why Thinking-by-Numbers Is the New Way to Be Smart
原書出版:2007年
本書には印象深い注目すべき現実が満載。原書の出版から既に8年経過しているが、内容の鮮度はまったく落ちてなく、本書の指摘は更に重要になっている。
日本においては、誤解もありながらも「ビッグデータ」という言葉は広まった。しかしながら、医療分野や公共機関が、本書で紹介されているようなデータ分析に基づいたサービスの試みついては、多少なりとも聞くが、その業界が大きく変わるような話は聞かない。
気がつけば「ロボットに置換される仕事が増えた」と感じる時代はそう遠くはないと、本書からも確信できる。
勘と経験 vs データ分析
以下の3種類のうち、どの判断が最も有効と考えられる?
- 専門家の勘と経験による判断
- データ分析に100%委ねる判断
- 専門家がデータ分析も活用した判断
本書によれば「データ分析に100%委ねる判断」とのこと。理由は
人間はあまりにしばしばマシンの予測を無視して、自分のまちがった個人的な思いこみにしがみついてしまうのだ。P.202
これまで私は、「勘と経験に、データ分析の支援を加えれば最良の決断ができる」と考えていたが、そうともいえないかもしれない。
もちろん、データ分析だけで全ての判断が可能ではない。ただし、現在のようにあらゆる出来事や行動がデジタルデータ化されている果てにあるのは、「それらデータの有効活用 = データに基づく判断」なのは明らか。
イアン エアーズ
文藝春秋
売り上げランキング: 7,259
文藝春秋
売り上げランキング: 7,259
無作為抽出テスト
税務署は、情報提供社に変貌できるかもしれない。P.68
このような興味深い話題が本書には満載。中でも「無作為抽出テスト」は印象的だった。それ以来、実践で使える場面を模索している。
「無作為抽出テスト」を私なりに解説すると
要するに、例えばコイン投げの結果の「何か」を予想する(この何かとは「母集団」)。例えば、日本中の購買者全員(これが「母集団」)の好みを調べることは現実的に不可能だが、ランダムに選んだ購買者(「標本」)を調べれば、好みの「傾向」を把握することは可能。
これが本当ならば、ビジネスで活かせる技術だと思うだろう。
本当です。上記の「無作為抽出テスト」の説明は誤りではない。厳密には「正規分布」や「確率」などの背景を説明しないと不十分ではあるものの、れっきとした統計学の理論の一つである。
本書では「無作為抽出テスト」の結果で、ビジネスを展開している米国企業を紹介している。以下はその企業のCEOの発言。
会議にでかけると、会議室には自分こそが権威という人がいっぱいいるんです。(略)欠けているのは消費者の声です。P.102
つまり、権威者だけが集まった会議室に、真(に近い?)の「消費者の声」はあるのか、という問題提起。ここで「消費者の声」とは、データであり、そのデータの分析結果。
市場に存在しない革新的な商品を作れる(or 目指していた)Steve Jobs は、ある商品開発あたり市場調査をしなかったそうだ。そんな Jobs 並みの人が、ゴロゴロ会社にいれば話は別だが、そうでなければ「データ(消費者)に語らせる」しかないはずだ。Google がやっていることは正にそれ。
読みにくい3つの理由
特に書く必要はないのかもしれないが、読みながらずっとモヤモヤしていたことでもあるので、そのことを整理も兼ねて書かせて頂く。
一年ほど前に、文庫版前のハードカバー版を読んでいたが、半分ほどで読むのを止めていた。内容の面白さを感じながらも、何故か読み進められなかった。今回、文庫版で最初から読み直して、想像以上に内容を記憶していたことからも、内容自体の素晴らしさを改めて感じた。
ところが「読みにくさ」は相変わらずだった。その理由は「翻訳の日本語が私には合わない」ということ。以下、3点に絞って理由を挙げる。
嫌いな理由#1:タイトル
「その数学が戦略を決める」て、直感的に「ダサイ」と思った。もっと致命的なのは、本書の内容に反して、この邦題では「これは、数学の本か?」と誤解してしまう。
原書のタイトルは
Super Crunchers: Why Thinking-by-Numbers Is the New Way to be Smart
「数学」も「戦略」も原書タイトルには存在しない。
嫌いな理由#2:「絶対計算」
読みながら、ずっと「絶対計算」に違和感があった、読み終えた今も同じ。「絶対零度」の「絶対」とは違う「絶対」のように思える。Google で「絶対計算」を調べると、本書に関する記事が多くヒット、幾つか記事を読むと「絶対計算」が一般用語とは思えない。翻訳者が本書のために「造語した」と考えられる。
原書と翻訳を比較すると
What is Super Crunching? It is statistical analysis that impacts real-world decisions.
絶対計算とはなんだろうか。それは現実世界の意思決定を左右する統計分析だ。P.31
Super Crunching を「絶対計算」とは、完全なる意訳だ。crunch と number crunching を辞書で調べると、Super Crunching の意味は自ずと分かる。
crunch
[transitive] crunch something (computing) to deal with large amounts of data very quickly
We are waiting for the results officials who are still crunching numbers.
see also number crunching
number crunching
the process of calculating numbers, especially when a large amount of data is involved and the data is processed in a short space of time
嫌いな理由#3:翻訳の嗜好
原書を手に入れたので、翻訳の良し悪しは原書を読んでからにすべきなのだが、書かせて頂きます。
翻訳者の山形浩生氏の訳は「この世で一番面白いミクロ経済学/マクロ経済学」を読んでいる。彼の翻訳を多く読んではいないが、「この世で...」と本書「その数学が...」の翻訳特徴で重なる点を多く感じた。
それは「軽さ」という特徴。「この世で...」では、その「軽さ」が上手く働いていると思ったが、本書では違和感になった。邦題のタイトルと「絶対計算」は、その「軽さ」を感じた最たるもの。
この「軽さ」からくる「読みにくさ」のため、データ分析的な重要なアプローチを詳細に解説している部分を、「もっとじっくり読むべき」と考えながらも、さらっと読み進めてしまった。
とはいえ大切なのは、不適切なタイトルや意訳ではなく、本書の内容なのはいうまでもない。そして、本書は素晴らしい内容であることは先に書いたとおり。多くの人に、読まれてほしいと思う。私にとってもそうだが、可能なら原書を読むことをお勧めします。



0 件のコメント:
コメントを投稿