prescriptive grammar – n. a set of rules for using language that are taught, or enforced, so that people will use the language in a particular way.
規範文法:言語仕様に関する一連の規則。この規則が教えられ、あるいは強制され、人々は一定の規則の元での言語を使うようになる。
descriptive grammar – n. a set of rules about language based on how it is actually used. In a descriptive grammar there is no right or wrong language.
記述文法:言語の実際の使われ方に基づいた一連の規則。記述文法において「正しい、誤っている言語」はない。
これはVOAの記事「Rethinking Grammar: Who Makes the Rules?」の prescriptive grammar と descriptive grammar の解説。意訳を付けたが、概ね違いはわかると思います。descriptive の方が「まぁ、みんなが納得して使ってれば良いじゃん」というスタンス(かと思う ^^;)。
最初に断言したいのは、私は英文法は大切だというスタンスです。どちらかと言えば descriptive grammar を支持しますが「なんでもあり」のスタンスではありません。英文を読み書きする際、優先するのは「読みやすさ、分かりやすさ、時には面白さ」です。英語母語者ではないので、文法の力が必要です。最終的には文法に頼らない、つまり文法を踏まえた上で自由に英文を読み書きしたいのが目標です。
日本語文法と英文法
明らかに、私が習った学校の英文法(グラマー)は prescriptive grammar であった。「これは使っちゃダメ」「そういう用法はダメ」の注釈だらけだったように思う。暗記が大の苦手な私は「なんでダメなの?」の解説が欲しかったが、特にそんな解説もなく淡々と進められたのが学校英語であった。そんな風に、学校英語が徐々に嫌いになった私であった。
他の人はどうなのか分からないが、私は中学、高校と受けた日本語の文法の授業内容を一切覚えていない。「さ行五段活用」とか習ったはずだが、それが今の私の日本語にどう活かされてるのか分からない。
今のように日本語を読んだり書いたり話したりするのに、日本語の文法書を読んだことはない。日本語辞書で言葉の意味や用法を調べる程度だ。代わりに、たくさん本を読んだ、たくさん書いた、そしてたくさん話した。
私は日本語文法を教えることを否定しないが、「もっと違う教え方があるのでは?」という疑問は拭えない。それは「国語」の授業しかり。「読む力」「書く力」をテクニックとしてちゃんと教えるべきなのです。
数ヶ月前に読んだ記事だが、米国でも文法を軽視する動きがあるそうだ。それは、私が「日本語文法」を軽視するのと同じだろう。なので、そのことの良し悪しの判断はできない。ただ「文法の教え方が悪いのでは?」という共通の疑問はある。
ただ、英語母語者に英文法が軽視されたとしても、英語学習者に英文法は必須だろう。日本人であれば、日本在住の大人なら尚更だ。
Ain't "ain't" a word?
このタイトルの疑問や「二重否定はありですか?」の英語ネイティヴの回答が興味深いが、想像するに両方とも「ありですよ、でも文法的にはダメかもね」という回答が多数という気がする。
私も学校で「ダメ」と教わった「double negative 二重否定」は、普通に英語会話や小説に登場する。次の二重否定の解説は面白い。
In math, two negatives equal a positive. But is this true in language? Does “I don’t know nothing” mean “I know something.”? Of course not. It just makes a stronger negative. The rule against the double negative does not come from math; it comes from Robert Lowth, the bishop of London.
「裏の裏は表」のようにはいかないのです(笑)数学と言語は違うからね。この引用文にあるように、二重否定を禁じた起源の張本人もちゃんと分かってます。
Bob Dylan の "It Ain't Me Babe" で紹介された "ain't" なんて学校の授業で見た記憶はない。英語歌詞を意味不明のまま読んでいた当時、ain't は頻繁に見た記憶がある。「なんやこの意味は」とずっと疑問だったが、当時は調べる能力と理解力が低かったので、この疑問は長年続いた。
言語が最も基礎的な知識かもしれない。「素数に憑かれた人たち:リーマン予想への挑戦」にあった、数学者ベルンハルト・リーマンが生きた時代の19世紀の教科には、言語が全教科の半分程度を占めていた。「ラテン語必須」とかいうように。
この一年以上、数学やデータ分析に関する本や情報を英語で読んでいるが、英語という言語をある程度使えている恩恵に感謝している。日本語の能力もまだまだダメだが、こうやって書きながら知識の整理ができる恩恵にも感謝するしかない。
繰り返すが「文法は大切」です、しかしながら目的は「文法の理解ではない」。文法て、単に「言語体系を整理」しただけで、言うなれば「こういう構造している言語です」と大雑把に解説しているものと解釈している。
楽しいのは、文法を使った応用です。


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