2016年2月11日木曜日

Sex Robots が NHKニュースになる時

2050 年までに、人間はロボットとセックスするし結婚もする」するという記事が "Forecast: Sex and Marriage with Robots by 2050" 。この記事は、以下の冒頭だけを読んだ。

"My forecast is that around 2050, the state of Massachusetts will be the first jurisdiction to legalize marriages with robots," artificial intelligence researcher David Levy at the University of Maastricht in the Netherlands told LiveScience. Levy recently completed his Ph.D. work on the subject of human-robot relationships, covering many of the privileges and practices that generally come with marriage as well as outside of it.

David Levy 氏のことも知らなし記事も読んでいないので、何も言うことはない。

この発言(予測?)のことを知ったのは、BBC のサイトで見つけた記事 "The truth about sex robots" から。映画 "her" や "Ex Machina" を観ているし、人工知能やロボットの台頭には興味があり、むしろその分野が大いに発展して欲しいとさえ思っているので、気になって読んでみた。
ここでの  "sex robots" は、ラブドール(ダッチワイフは死語?)や "sex dolls" のことではない。そんなものには興味のかけらもない。「倫理的な問題」とかではなく、そんなオモチャと遊ぶぐらいなら、楽器演奏したり、プラモデル作りに励む方を、躊躇なく選ぶ。

この記事での "sex robots" や David Levy の想定する結婚相手の robots は、そんなロボットではない。sex 産業や、アダルト産業を変えてしまうようなロボット。これ以上の説明は不要だろう。

Computers might be able to beat a human at chess, but sex is more like a dance; each partner has to predict and respond quickly to movement. And right now, artificial intelligence and natural language understanding is still a long way from being convincing.
コンピュータはチェスで人間に勝てるかもしれないが、セックスはダンス以上のものだ。お互いの動きを素早く予測して反応しなければならない。目下のところ、人工知能と自然言語の理解は、到底満足のいくものではない。

本記事の引用だが、"sex is more like a dance" という表現が上手い。

未だ自然な二足歩行さえままならない人間大のロボットが、人間と対等にダンスしている状況を想像するのは難しい。「50 年後までには可能」と言われてもピンとこない。「そうかもね」という感じだ。

 "sex robots" に求められるのは、ダンス以上の動きだけではない。

The robot will also need realistic skin. Anyone who has touched a silicone object knows that it doesn’t feel like skin – and silicone takes a lot of effort to keep clean.

セックスするのであれば、ロボットの皮膚はシリコンではだめだろ(笑)。体温の表現も課題だ。

"Ex Machina" の投稿にも書いたが、私にはセックスの相手としてのロボットは不要だ。仕事のパートナーや、遊びの相手(一緒に楽器演奏でセッション、囲碁の手ほどき、など)なら大歓迎だが、セックスは違う。同様のことは、ヒトに対しても当てはまるが、詳細は書かない(笑)。

とはいえ、 "sex robots" を求めるのは「自由」だ、嗜好の違いなのだ。「二次元しか愛せない」でも結構なのだ。それで幸せならば文句は言えない。ニーズはあるだろうし、精度は向上するだろう。

私が興味あるのは、「真」の  "sex robots" が誕生した時、それに貢献したその他多くのテクノロジーの状況。先に挙げたような「ダンス」や「皮膚」などの課題が解決した時、社会はそんなテクノロジーをどのように受けて入れているのだろう、ということ。


不自由な NHK

こんな風に  "sex robots" の背景など色々と想像してしまうが、正直この記事自体は期待したほどではなかった。とはいえ、難しいテーマで、記事を批判するのははばかれる気がしている。それよりも、こんなテーマの記事を、BBC が取り上げること自体に関心した。というか、取り上げることはごく自然なこと。

以下は、現在の www.bbc.com のトップページ、数日前は "sex robots" の記事もこの画面に表示されていた。
方や NHK のトップページ(と思われる)www.nhk.or.jp は、BBC とは比較にならないほど「お粗末」かつ「幼稚」だ。「番宣だらけか?」が率直な印象。

BBC と NHK の違いを少し調べたが、面倒くさいので割愛する。

"sex robots" の記事を見つけた瞬間、頭をよぎった疑問は

sex robots に関する記事やニュースをNHKは取り上げるか?

というもの。

先の BBC の記事を読んでも、BBC だから書ける内容ではない。ジャーナリストなら、どの国の人でも書けること。「コンピュータがプロ囲碁棋士に勝った」というニュースの流れから「sex robots の可能性」を論じるのは不自然なことではない。

しかし、「NHK は取り上げるか?」の疑問には "No" だろう。そもそもNHKが「セックス」という言葉を使うかも疑問だ。「性行為」「性交渉」(もっと卑猥に聞こえるの気のせいか?)であったら、"sex robots" は「性行為ロボット」とかなるのか?

こう書きながら 不自由さ という言葉が頭をよぎった。

テレビの電源を入れなくなって半年以上が経った。開放感と、自由な思考時間を多く得られたと思っている。

「精神的な鎖国状態」の日本人が増加中なのかもしれない...。

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