「1 ドル当たり 77 セント」、1 ドルを 100 円とすれば「100 円当たり 77 円」。
さてこれは何のことを言っているでしょうか?
Freakonomics Radio の記事 "The True Story of the Gender Pay Gap" によれば、多くのメデイアや政治家、そして Obama 大統領さえも発している
the gender pay gap:性別による給与格差
この記事を読む前は、私の経験からも「the gender pay gap はありそうだな」という印象だった。しかし、さすが Freakonomics だけあって、記事を読んでからは印象は変わった。
It may be a natural impulse, when you hear that women earn less than men, to find someone to blame. One obvious villain is: men, presumably for being discriminatory. But as Claudia Goldin told us, there isn’t much evidence to support the discrimination argument.
女性が男性よりも収入が少ないと聞いて、非難すべき誰かを探すのは、自然な発想かもしれない。明らかな「悪」の一つは「男」、差別的だからだろう。しかし、Claudia Goldin によれば、この差別という論点を後押しする証拠はそれほど多くないとのこと。
念のために書いておくが、この記事は米国の事情である。ポイントは、家事育児、病人の世話など、仕事以外の負担を抱えているのは主に女性のため、同じ仕事でも、男性よりも「柔軟」に仕事ができない背景がある。
つまり、そのような背景は抜きにして
本当に男と同じ仕事をしているか?
そして、未だに男性優位の仕事は多い。それは差別の以前に「男が得意な仕事」と解釈する方が健全だ。このことと、「性別による給与格差」の解消ついて、次の Claudia Goldin さんの発言が鋭い。
So, I think of these issues as these solutions in buckets as: fix the women —that is, make them more competitive, better bargaining skills, better at math. Fix the infants — take care of the infants, that will do it, OK? Fix the men — which is the point that we were just talking about. Or, fix the organizations and the jobs and I’m thinking more about the latter.
女性が変わるべき。もっと競争力をつける、より売れるスキルを身につける、数学を得意になる。男も変わるべき。あるいは、組織や仕事も変わるべき。
給与の本質は「能力や成果への対価」であって、性別ではない。だからこそ「性別による給与格差」と叫ばれているのだろう。先の引用の前半は、「対価に見合う給与」という視点だ。低い能力、制限された仕事内容など、それらに勝った相手には、給与で勝ち目がないのは当たり前だ。
日本の報道では「待機児童問題」「育児休暇」とかばかりが目立つ。それも大切だが「女性の能力向上」という視点が少々欠けている気がする。もちろん「男の意識、役割」の変化も必要だろう。日本社会の「価値観の変更」もそうかもしれない。
一面的に the gender pay gap を語ることはできない。「そもそも、そんな格差はあるのか?」から問わねばならない。
このブログで何度も書いているが、そんなに遠くない将来に、多くの仕事がロボットに置き換わる。そう断言できる理由は挙げるまでもない。ロボットにできない、人間にしかできない価値ある仕事をするのに、性別は不問 なのだ。
違いは「能力の違い」だけ。


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