| 暗幕のゲルニカ 著者:原田マハ 発行:2018年7月1日文庫版初版(単行本:2016年3月) |
原田マハの小説は『楽園のカンヴァス』『たゆたえども沈まず』を読んだ。どれも魅力的な物語だが、本作がもっとも面白い。史実を元にした「アートサスペンス」の形態は、著者ならではの特徴だが、本作は「アートとは何か」を改めて問うてる作品とも言える。
本書はパブロ・ピカソの言葉から始まる:
芸術は、飾りではない。敵に立ち向かうための武器なのだ。
「芸術は武器」という言葉は耳にしたことがあったが、本書から、この言葉をこんなにも痛烈に思い知らされたことはなかった。「芸術とは何か?」の問いへの答えの一つであるのは間違いない。
この発言の大元、つまりピカソ自身の言葉を探した。おそらくフランス語のこれが近そうだ:
Non, la peinture n’est pas faite pour décorer les appartements.C’est un instrument de guerre offensive et défensive contre l’ennemi.
いや、絵画はアパルトマンを飾るためのものじゃない。それは敵に対する攻撃と防御の武器である。
英語に訳してみると:
Painting is an instrument of war, offensive and defensive, against the enemy.
覆われたゲルニカ
国連本部の「ゲルニカ」が幕で覆われた事件、どんな事件だったのかを探した。
少し長いが「国連アート探訪 よりよい世界への「祈り」のシンボルたち」から引用:
小説のタイトルにもなった「暗幕のゲルニカ事件」とは、03年2月5日、実際に国連本部で見られたある出来事に由来しています。その日、安保理公式会合ではアメリカのパウエル国務長官がパワーポイントでイラクによる大量破壊兵器の保有を世界に発信し、実質的にイラクへの軍事作戦の容認を求めました。安保理では重要な議題が審議された後には議場前の常設の記者会見スペースで議長が声明を発表したり、関係国の代表が自らの立場を述べたりと、記者とのやりとりが行われます。ですがこの日に限って会見場所が「ゲルニカ」前に移され、その設営のために「ゲルニカ」は濃紺の布で完全に覆われ、それを背景にいつもの安保理のバナーと理事国の国旗を並べられるかたちになりました。さすがに剥き出しの「ゲルニカ」の前でイラク攻撃に関わる議論はできなかったのではないか、国連事務局がアメリカに忖度したのか、それとも米代表部からの圧力だったのか、など、このタイミングで「ゲルニカ」に幕がかけられたことでかえって多くの憶測と反響と批判を招くことになったのです。国連の報道官の説明は、テレビ・カメラ向けにはこれが適切、というものでしたが、このように今なお大きな影響力を持つ「ゲルニカ」です。
911後の米国に対して、当時の私も「異様だな」と感じたが、この「幕」の出来事からも「異様さ」を確信する。悲しいことに「米国の異様さ」は今も大して変わってない気がする。
Pablo Picasso
社会人になった頃、ピカソの作品集ってほどじゃないが、雑誌の付録的なものを持っていた。正直「ゲルニカ」の印象しか残っていない、アートに詳しくない私でも、それほど印象を与えたのが「ゲルニカ」だった。当時は「反戦」という理解は薄かったと思う、単に「絵に圧倒された」だけだった。
実際のパブロピカソのことはほとんど知らないが、本作のピカソは「カッコ良い」のだ。語り部がピカソではないので余計にそう感じるのかもしれない。
1937年のパリ万国博覧会(スペイン館)で展示された「ゲルニカ」、その場にいたドイツの武官がピカソに発したのは
「この絵を描いたのは、貴様か」
それに対してピカソは
「いいや。この絵の作者は ー あんたたちだ」P.195
こんなやり取りが実際にあったかどうかは定かではない、おそらくフィクションだろうが、ピカソが発したとしても不思議ではない。
物語でもあるように、「ゲルニカ」制作の模様は Dora Maar(ドラ・マール)によって写真に収められた:
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| 参照 |
Pablo Picasso のような芸術家は、この先の未来に登場することはないだろう。それは、Jimi Hendrix や Bob Dylan のようなミュージシャンの登場が期待できないように。そして「ゲルニカ」を超える「反戦を訴えた絵画」の誕生も難しいろう。
我々にできることは、彼らの作品を「楽しみ、守り、伝える」このなのかもしれない。



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