2010年12月18日土曜日

田宮模型の仕事

田宮俊作(たみやしゅんさく)著
2000年5月10日第1刷

本書は、企業としてのタミヤ、そして企業家としての田宮俊作を知ることが出来る良書です。ビジネス書としても高く評価されるべきです。ある意味、有名な企業研究家やビジネス思想の啓蒙者の本よりも有益なエッセンスがあります。ここには、誰も否定できない、実際の行動と実績で浮かび上がる思想・哲学があります。

プラモデル作りを再開して直ぐの頃にこの本の存在を知り、タミヤの歴史を知りたかったことと、本書の表紙に惹かれて購入(ジャケ買い?)。

田宮模型の仕事 (文春文庫)
田宮 俊作
文藝春秋
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ミリタリー系のプラモ、戦闘機や戦車、軍艦、そして兵隊さんらは、当時私の兄貴や近所のお兄さんたちがこぞって作っていたのを覚えています。私は1,2個は作ったようですが記憶にありません。作れるお金も技量もなかったのか、作るより眺める方が好きだったようです。兵隊さんやサイドカーなどの小さい方が好みでした。

とりわけ「休息する兵隊」などの人間的な様子を表したジオラマに心動かされました。長男だったと記憶するが、コーヒーカップを持つ兵隊さんのコーヒーから出る「湯気」をああだこうだと作っている様は記憶の片隅にこびりついています。

その後はクルマを少しだけ作ったかもしれないが、積極的に作り出しのはバイクでした。上の兄貴がクルマやF1を作っているのに対抗してのことかもしれない(その後の音楽では、一番上の兄が日本のフォーク、次の兄が The Beatles や Bob Dylan、そして私が The Rolling Stones や Led Zeppelin)。バイクのプラモ作りは中学生の間にどっぷり浸り、高校入学前に止める。結局、再開する先日までは一切やってなく、タミヤと接する機会さえ無くなっていました

それでも些細な機会はありました。

大学生の頃に家庭教師先の男の子が、タミヤのクルマのプラモデルを作っていました。久しぶりに見るタミヤのプラモデルは、非常に稚拙で、余りにも造りやすくし過ぎているように思えました。作れるエンジンパーツは無く、車体裏面にプリントされているだけのものでした。それに何の疑問もないその男の子は、数時間で完成させていました。勿論、塗装するという発想はありません。

既にプラモデル作りは止めていたし、自分が体験した塗装や改造する面白さをこの男の子にしてあげるのは、何だか「場違い」なような気がして、何も言いませんでした。「時代も田宮も変わってしまったのかな」と、大学生にしては「年老いた」考えをしていました。

もう一つ。東京在住の社会人の頃に、一晩中ギター弾いたり映画を観たりした後の早朝、RCカーの専門番組を熱心に観ることも無く流していました。模型を動かす好みが無かったのと、子どものオモチャにしては高価そうな道具類を見ていると、僕の知っているタミヤとは違和感があったのを覚えています。

本書を読んで、そんな「僕の知っているタミヤ」は本当に小さなものだったと気づかされました。今でこそ「世界のタミヤ」ですが、タミヤといえどもいち企業であり、それまでの道程はビジネスの荒波にもまれた紆余曲折のものでした。企業存続のためには様々ことをやらなければならないのです。

人によって「僕のタミヤ」というものはあるかもしれない。幸いなことに私の「僕のタミヤ」は、今でも脈々と受継がれていて、プラモ作りを止めて20年以上後の現在、プラモ作りを再開してしまうほどにその魅力は変わっていません。大人になった分、当時は気づかなかった深い魅力により惹かれています。

それでは「僕のタミヤ」の「変わらない魅力」とは何だろうと考えてみました。その一つの答えが本書にあります。

そのまま縮小しても模型にはなりません

これは完全に誤解していたものの実際は理解していた、というちょっと奇妙なものです。

例えば、今作っているバイクは 1/12スケール、つまり実車を12分の1の小ささにしたもので、これを単純に各パーツを 1/12 に小さくすれば良いのかといえば、それは違います。単純に縮尺にした場合、それは人間が抱く実車イメージとは大抵違うものです。「人間が12倍の大きさになって実車を見る」という視点が優先されなければならないのです。

つまりデフォルメ(誇張・強調)が重要となります。このデフォルメ作業は、実際の模型作りでもやります。ある箇所を削ったり足したり、色を変えたりするのは改造という面もありますが、自分なりの実車に近づけようとするデフォルメ作業に他なりません。

本書にありますが、「手にとって実車を眺める」のはある意味「神の視点」です。実際に戦車をひっくり返してその裏面を見ることは大抵不可能です。しかし、「神の視点」で作られた模型ではそれが可能になります。このことを思うと、最終的にはプラモデルのパーツにはならない、なったとしても完成後は見えないパーツが存在しなければならない理由がおのずと分かってきます。

実物への愛」が欠かせないのは明らかです。著者の田宮俊作の愛は深いです。私が兵隊さんモデルに興味を持った理由も本書を読んでで分かりました。著者は兵隊に限らず戦車、飛行機、軍艦、クルマ、バイク、それらの背景にある歴史や「人間くささ」を模型に注ぎ込んでいるのです。

しかしながら、対象ブツに対する単なる「愛」だけでは企業は存続できません。ここで語られる「売れるモノ」を作るための創意工夫にも脱帽します。「マニアックになり過ぎたら、取り残された子どもは買えなくなる、それではダメだ」という姿勢には、著者の更なる深い愛情を感じてしまいます。

顧客を育てるのも企業の責任であり、顧客から育てられるのも企業である ことを痛感します。末尾の解説。「タミヤの星マークは世界の模型業界を表すシンボル」、そんな企業はタミヤしかありません。同感です。タミヤは私が「我らがタミヤ」と愛着いっぱいに言える数少ない企業です。それはとても嬉しいことです。

遠い将来、異様に精密なプラモデルなどのスケールモデルが数分で作られるキットが発売されるかもしれません。そうなったとしても、今のように何ヶ月もかけて作る、自分なりのデフォルメを施す作業は決して無くなることはないでしょう。タミヤの思想は永遠なのです。

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