2015年8月21日金曜日

The True Cost (2015 US Movie)

監督:Andrew Morgan
脚本:Andrew Morgan

ガンジス河でバタフライ」を読み終えた後に観るには辛かった。その本から、世界中の楽しい人々のことを思い描いた直後、この映画で世界の「悪」のことを考えずにはおれなかったからだ。「もしかして、あの著書でたかのてるこが旅した地には、今ではそんな地ではなくっているのかもしれない...」と、汚染されるガンジス河の映像を見ながら思ってしまった。

この映画を バイリンガルニュースの Mami の「必見ドキュメンタリー6選」で知った。紹介された6作品はどれも興味深かったが、先ずは本作品を選んだ。理由は特にないが、単に直近のものを選んだだけ。

今年の6月に日本でも「都内で一夜限りの上映会」が開催されたそうだが、そのことを伝える投稿のタイトルが「欧米で話題、ファッション産業の闇に迫ったドキュメンタリー映画『THE TRUE COST』が日本で初上映」となっている。問題はファッション産業に限定されていないと思うのだが、まぁ「ファッション業界の闇」といえばそうだが...(どんな業界にも「闇」はあるものです)。

ところで、「都内一夜限り」て何だよ...?「売れそうにない映画は日本では劇場公開されない」のもまた、経済主導の判断が招く悲劇のようです...。


「おしゃれ」が汚しているもの

本作を観ながら終始頭にあったのは「グローバル経済」。「グローバル経済」により、ガンジス河が汚されていると誰が想像できただろうか?

この映画のテーマを察した瞬間、2008年9月に投稿したブログ「カーラジオから...」を思い出した。
とある日本向けのキャットフード缶詰工場で働いている幼い少女に「これは猫の餌ということを知っていますか?」とその日本人は質問したそうだ。質問して、とても失礼なことを尋ねてしまったことに後悔したそうだ。
本作品は、この引用の「ファッション業界版」ともいえる。

UNIQLO, GAP, FOREVER 21, H&M, ZARA など、そんな業界に疎い私でも思い浮かべるブランドがある。映画制作にあたって、これら Fast Fashion ブランド企業へ取材を申し込むも、拒否されたそうだ。その点はかなり残念だが、今後の反応を見守りたい。世界的な企業であるのならば、何らかの反応をすべきだろう。
私は一度も読んだことがないし、今ではコンビニにも並んでいる、見た目カッコ良い女性や男性が表紙を飾るファッション雑誌が、この映画を取り上げることはないだろう。ましてや「モデル志望」とかいう人々が積極的に観るとは思えない。そうあって欲しいが、そうでない事実もまた、この映画に描かれている。

私の長年のポリシーは

まとう服より、服に着られない中身を「鍛えよう」

というもの。

そもそも「おしゃれ」というのは、単に服のことだけじゃない。fashion の定義も曖昧だ。英語の定義は抜きに「ファッション」とは、服や見た目だけのことではないと思っている。先日投稿した「I Look Like An Engineer:見た目で判断するという過ち」に書いたように「見るべきところは他にある」はず。


形を変えた「世界大戦」

本作を見てすぐに、頭に浮かんだことを一気に書いたのが以下。

この夏、日本では終戦70年を迎えた。多くの経済大国も同様に、比較的平穏な70年とも言えるだろう。こうして、世界大戦が長きに渡って勃発していないのは良いことだが、形を変えた戦争のことを想像せずにはおれない。連日報道される民族紛争やテロリストのことだけではない。「グローバル経済」の名の下、人々の私利私欲がもたらすという「戦争」もある。決して殺しあう戦争ではないが、「グローバル経済の負」を世界のどこかで引き受けている人々がいる事実は、大国の平穏な経済社会では大して注目されない。地震や事故などの突発的でセンセーショナルな出来事は(一時的に)大きく報道するが、ジワジワと多くの人々を蝕む「グローバル経済の犠牲」について取り上げられることは少ない。「グローバル経済」は今後も広まるだろうが、今一度立ち止まって考えるべきこと、変えるべきことがあるのではないだろうか? 先ずは、自分自身の問題として捉えて、やれることから始めてみよう。

私は経済学者でも知識人も文化人(なんじゃそれ?)でもないが、そんな「普通」の私でもこんな風に考えてしまうのだ。世界では、多くの人たちも問題視しているはずだし、そのように期待もしている。

「グローバル経済」の構図として「発展途上国を食い物にする」ことがあるのは事実だろう。発展途上国側にも問題はあるが、論点がボヤけるので、その点は割愛する。
「手軽に大量に、そこそこ品質が良いものを求める」のが、現代の消費者の行動なのかもしれない。ここ数年、明確に大嫌いになった「MBA的」なアプローチでは

コストカットして利益を最大化

が相も変わらず唱えられているのだろうか? そんなアプローチで、犠牲にされている命もあることが「MBA的」なテキストで語られることはあるのだろうか?

この映画にも登場した MONSANTO は、やはり不気味だ。ある企業戦略が、世界の人々を苦しめるだけではなく、豊かな自然すらも破壊してしまう。何故、MONSANTO のような企業が存続してるのだろうか? この疑問も「グローバル経済」の怖さ。


無知という名の悪

欲望が「無知」を加速させるのかもしれない。物質的な豊かさは「無知」を覆い隠すのかもしれない。目先の安易な豊かさは、想像力を欠如させるのかもしれない...。

日本で、不当に安い賃金で働かされれている外国人の存在を扱うメディアは少ない。私も確かな情報は得られていないが、断片的な情報からもその事実は明らか。世界的に見ても、その数は無視できないほど多いと指摘する人もいる。

「知らぬが仏」なのだろうか?

自分の行動が、間接的に世界のどこかの人々を苦しめているかもしれない、と想像力を働かせるのはそれほど難しいことではないはずだ。

考えたくはないが、最も怖いのは、知っていて「無知」を装う行為。グローバル企業が、経済活動という名の「免罪符」で、世界を破壊しているように見えるのは気のせいだろうか? 限りない低コスト圧力で、死傷者まで出している事実は、誰の目にも明らかなのに...、もう「知らなかった」とは言えないのに...。

この映画が扱う問題に対する私のスタンスを示すのは簡単ではないが、「低コス戦略は遅かれ限界に達する」とは確信している。ここ最近、このブログで頻繁に言及している「ロボットに置き換わる仕事」が一つの方向性だろう。つまり、ロボットができない熟練の技術、人間にしかできない製品やサービスしか「付加価値」は産みにくくなる。本当の「豊かさ」や「幸福」は、そんな人間にしか作りえない価値を楽しむ先にしかないと確信している。

とはいえ、この映画から将来への期待もしぼんだ気になった。いかにテクノロジーが進歩しても、それを扱う人間の行動が変わらなければ、到底「sustanable 持続可能」な社会、世界はあり得ないような気がする。「もったいない」という言葉が一時期もてはやされたが、本来それは「一時期」のものであるべきではない。そこには 「持続可能」への最大のヒントがあるのに。


The True Cost:あなたにとっての価値

もうずっと前のことだが、「消費生活万歳!」と無邪気に叫んだ知人がいた。知人の集まりで、且つそう発した人の家でのことだったので、嫌悪感を示すのは控えたが、その時の想いは今でも忘れない。誰に万歳してるのか? 「物質的な豊かさ」しか知らない自分自身を正当化すため、自分自身に発したのかもしれない。

巨大ショッピングセンターの開店直後、大量の来店客が駆け込む光景は、もはや滑稽でしかない。「私利私欲を満たしたいだけの自己中の群衆」と評するのは間違いではないだろう。
「消費生活万歳!」と叫ぶのは一向に構わないが、それは自己中心的な叫びであってはならないと思う。そう叫ぶ前に、考えるべきことはあるはずだ。
「The True Cost」を「あなたにとっての本当の価値」とすれば、価格の安さとは無関係なのだ。あなたに似合う服は値段とは無関係なのです。

大量のブツで満たされた人、上辺だけを着飾った人が、本当の意味で 魅力的であるはずはない。そんなメッセージや価値観が、ごく当たり前になった世界での「グローバル経済」を望む。

そのために、今もこれからも、自分のやるべきことをやるだけ。

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