2015年9月24日木曜日

英語ができない病の根本原因:世界への無関心

VW不正の報じ方」からの続き。

日本がエンターテインメントにおいて、海外に目を向けない「精神的鎖国状態」という投稿を何度かしたが、日本での「VW不正」の報道からも同じ疑問を抱いた。そして気づいた

日本人は世界に無関心

程度の問題だが、多くの日本人が高い関心があるとはどうしても思えない。

「(日本)政府には景気回復をお願いしたい」と発する日本人で、VWグループの規模を知っている人はどれほどいるのだろう? アウディもVWグループだし、アウディはランボルギーニの大株主でもある。ベントレー、ブガッティ、などのブランドもVW傘下なのだ。

昨今、VWグループは「トヨタを抜く」と息巻いてるほどだった。そんな会社のこんな大規模な事件は、自動車産業が大きな経済の柱の日本にも影響するのは誰が見ても明らか。実際、今日の日経平均株価は500円の下げ、自動車関連株の下落は日を見るより明らかだった。

「これを機会に、日本車の売上げが伸びる」という発想はどうしても持てなかった。結果的にそうなったとしても、後味は良くない。今後VWグループが「GM崩壊」の道を辿るのか、復活できるのか何とも言えないが、その動向は興味深い。ドイツの大産業の大規模な再編が見られるかもしれない。

こんな風に、私は「世界の重要な動向」には関心が高い。
The opposite of love is not hate but indifference.
愛の反対は憎しみではなく無関心。

無関心であることの「功罪」を思ってしまう言葉だ。


英語ができない病の根本原因

先に書いたように、そんな風に日本経済に影響する事件にも関わらず、国内の報道はお粗末なものだった。日本のメディアのダメさ加減、「その根本の原因は何だろう?」を考えてしまった。

英語が使えないから

という安直な理由が頭をよぎったが、何だかシックリこない。

そんな根本原因を探しながら思い至ったのが、先日可決された「安保法案」。この件について意見したくないが、反対理由が「日本が戦争に巻き込まれる」という発想は理解できない。そんな発想には「日本の世界からの見え方、日本からの世界の見方」という思考が完全に欠落している感じがする。

BBCのPodcastでも連日報じられる「大量移民問題」は、欧州の人々には嫌でも「世界」を感じてしまう出来事だろう。それを「他国の出来事」と一蹴しても、決して世界は見えないし、理解など到底無理だ。

日本に暮らしていて、別段世界を意識することなく生活することはできる。しかし、仮に「物質的な鎖国」を今日本が実施したら、ほとんどの日本国民が今のような「便利な生活」は営めない。エネルギーや食料依存をあげるまでもなく、日本の経済活動は「貿易ありき」なのだ。

いっぺん、他国から孤立してみたら?

とは、「オールド・テロリスト」を読んだばかりだから、思わずイメージしていまうが、そんな非効率的なことは御免です(笑)


世界への無関心

ここまで書いて、英語が未だに苦手で「英語コンプレックス」な多くの日本人がいる根本原因と、この「VW不正」の報道ダメさが繋がった。「英語コンプレックス」を抱える人々は、英語が苦手ではなく

世界に興味がない

文化や娯楽も、国内のもので満足すれば、苦労して外国語で世界のモノを得る必要はない。国外の無限の可能性を求めることなく、垂れ流される国内の情報やブツで満足できているのだ。

些細な例だが、吹替えが主流になった外国映画の上映など、外国語の存在やその魅力を忘れさせる「悪循環」としか思えない。金と時間を要する吹替えの結果、国内で上映されない良質の外国映画があるのも「悪循環」。本当に映画が好きなら、吹替えは無関係に良質な映画を求めるものだ。

ここでの投稿でも、日本人の英語力のなさは「学校教育」が原因の一つだと指摘した。しかし、ここにきて、本当の原因は「日本人の世界への無関心」という根本原因にたどり着いた感じだ。

フィリピン人の多くが英語を使えるし、北欧の英語力の高さも有名だ。その背景にある理由は、単に「教え方」ではないのだ。彼らは国内の情報には満足しなくて、積極的に海外の情報を得ている。その手段として英語は当たり前のツールなのだ。「世界的に上昇傾向の英語能力」の現在、日本人の英語力は悲劇的だ。日本企業の世界でのランキングの状況と英語力はリンクするように思う。


日本の内側から世界へ孤立

東京にいた頃は、帰国子女も含めて、外国語を話す日本人の同僚や知人が少なからずいた。彼らの海外への関心は高かった。逆に、外国語を「避けている」知人達に共通するのは、一様に外国のことには興味がないこと。洋楽を聞かない、洋画を観ないということだけじゃなく、もっと広い視野で日本以外の文化や情報に興味ないようだった。

「英語ができないから世界への無関心」ではなく、その逆なのだ。本当に世界に興味があり、広く情報を求めれば、日本からの情報だけでは不足するはずだ。その先に行こうとすれば必然的に外国語を取得しようとする。

私が日々英語を学んでいるのは「世界に興味がある」からだ。過去に何度か英語を諦めたが、未だに学んでいるのは、国内の情報に満足できないからだ。英語を駆使すれば、海外の圧倒的に豊富な情報や知識に限らず、多様な文化や娯楽もダイレクトに得られる。数学、統計学、データ分析音楽映画読書、文化、その他諸々。

「日本が世界から孤立する」と「オールド・テロリスト」で読んだが、その時は「馬鹿げた発想」だと思った。しかし、見方を変えて

日本が世界から離れようとしている

と解釈するとその説は納得する。

「世界から孤立」しても良いことはない。大河ドラマを観ながら日本だけのことを考える時代はとっくに終わっているのだ。


But I'm Not the Only One

私は「日本脱出」を考えることもあるが、踏み止まっているのには理由がある。この国が好きだからだ。希望を持っていると表現しても良い。ある意味「面白い国」だと母国ながら思う。希望は持っている、特に若い世代に対して。その希望を絶やさない意味でも、こんな投稿をしてみた。

自分のためではなく、誰かのために、そして将来の日本への希望を抱いて書いた。

少々疲れながらも、途中で止めようと思ったが、こんな投稿をしてしまった。昨日観た映画「Danny Collins」で John Lennon のことを想ったからかもしれない。

Imagine all the people
Sharing all the world...

You may say I'm a dreamer
But I'm not the only one
I hope someday you'll join us
And the world will live as one

こんな希望を抱いているのは、私だけではないと夢見ながら。

The opposite of life is not death, it's indifference.
「生きる」の反対は「死」ではない、「無関心」だ。

無関心でいることは、生きていないに等しい。

0 件のコメント:

コメントを投稿