「魂(ソウル)のゆくえ」とは良いタイトルだと思う。
この「ソウル」とは「ソウルミュージック」だが、「何がソウル・ミュージックか?」は簡単には言えない。「R&Bとは違うのか?」「Blues や Jazz はソウル・ミュージックとは呼ばないのか?」などなど、疑問は尽きない。
Marvin Gaye, Aretha Franklin, Otis Redding, そして James Brown など、クラシックなミュージシャンは直ぐに思い浮かぶが、「Michael Jackson はソウルではない」と即答するが「Prince はソウルか?」と問われれば「そんな面もあるけど、微妙だ...」となる。
「何がソウルか」は、本書では著者の好みが多分に入っている、それは仕方のないことだ。とはいえ、私は著者の主張に概ね同意する。
78年に世界的なディスコ・ブームが起こった。このディスコ・ブームがソウルの息の根を止めるものだった。P.213
ディスコミュージックが「ソウルフルな音楽か?」には「NO!!」となる。
「ソウルフルな音楽」と「ソウルミュージック」は私の中ではイコールだ。また「ソウルフルな音楽はソウルミュージックだけじゃない」とも思っている。
Michael Jackson や Whitney Houston の登場が20年遅かったら「ソウルミュージック」と呼ばれる曲を演ったかもしれないし、もっと長生きしたかもしれない。ファンの方には申し訳ないが、「魂を名声に売った」彼らの音楽は、私にはソウルフルには聞こえない。単なるポピュラー音楽で「ソウルフル」には程遠い。
ピーター・バラカン
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文化が違う
So take a good look at my face
You'll see my smile looks out of place
If you look closer it's easy to trace
The Tracks of my tears
とはいえ
英語の歌詞は、ごく稀な例外を除けば、ライムしなければならない。(略)ライムをしなければ聞いている方が気持ち悪いので、歌詞を作る時に当然ライムする語尾に大変気を配るものだ。P.74
「英詩で韻を踏むことの重要性」は知っていたが、ここまでハッキリ言い切られると、もっと理解が進む。著者が英国人ならではだ。
「吉田拓郎トリビュート~結婚しようよ~:やっぱり『精神的鎖国』 」に書いたが、歌詞のことは半分も理解できなくても洋楽を聞く(邦楽に魅力的な曲があれば聞くけど...)。洋楽を好む理由の一つに、この「ライム」があるのは間違いない。「リズムに乗っている」のだ。言葉にはできないが、日本語の音楽では、ほぼ不可能なリズムなのだ。邦楽が「ソウルフルになり得ない」のも、この辺のリズムの違いも大いに起因している。
これは、好みの問題というより 真実で、「文化が違う」と割り切るべきだろう。
音楽のいちジャンルを論じるのは難しい。好みに依存するところが多分にあるからだ。それでも、ソウルミュージックに絞って、黒人の奴隷時代の米国に遡って1980年代までの歴史を振り返れば、ある程度の共通認識は形成できると思う。少なくとも日本人で、本書以上に「ソウルミュージック」のことを語ることは難しいだろう。


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