この絵画が描く「現実」が左の写真。なんだか、ため息が出ます。
この絵の詳細は Wikipedia の記事が詳しい(相変わらず、日本語訳はない)。全訳はしなかったが意訳を付けた。
The Problem We All Live With is a 1964 painting by Norman Rockwell. An iconic image of the civil rights movement in the United States, it depicts Ruby Bridges, a six-year-old African-American girl, on her way into an all-white public school in New Orleans on November 14, 1960 during the process of racial desegregation. Because of threats and violence against her, she is escorted by four deputy U.S. marshals; the painting is framed such that the marshals' heads are cropped at the shoulders. On the wall behind her is written the racial slur "nigger" and the letters "KKK"; a smashed tomato thrown at Bridges is also visible. The white crowd is not visible, as the viewer is looking at the scene from their point of view.
Wikipedia
米国の公民権運動を象徴した絵画、6歳のアフリカンアメリカンの少女 Ruby Bridges が、人種差別廃止の動きの中の1960年11月14日、ニューオリンズの全員白人の公立学校へ向かう様子が描かれている。少女への脅迫や暴力のため、4人の連邦保安官にガードされている。壁には「nigger」と、投げつけられたトマト。
左の写真の撮影日は不明だが、右手の人はオバマ大統領、絵は上記の絵画、そして大統領と対面しているのは絵画の少女だった Ruby Bridges その人。印象的な写真だ。
絵画の出来事の1960年から黒人の大統領が誕生した現在の米国だが、人種差別に起因した事件は無くなっているとは到底言えない。「マイケル・ブラウン射殺事件」は去年の8月9日のことだ。
今回の投稿は「This American Life」の記事「The Problem We All Live With」について。
the story of the Normandy School District that Michael Brown graduated from
マイケル・ブラウンが卒業した Normandy 学校区の話
話は「マイケル・ブラウン射殺事件」でも、冒頭の絵画の背景でもない。とはいえ、その2014年の射殺事件の前後の話で、舞台は Normandy School District。マイケル・ブラウンがその地区を卒業した直後の事件で、どうしても関連性を考えてしまう。
そして1954年の「ブラウン対教育委員会裁判」など様々な歴史的事実を含めて、本記事の背景を述べるのは容易ではない。それでも簡潔に二点ポイントを挙げてみると
- 米国の人種差別の問題は現代においても根強い課題
- 結局のところ犠牲者は子供たち
そして、話の中心にあるのが
マイノリティーの人種(現在、もう白人は数的にはマジョリティーとは言えない)を排除した学校の是非
人種差別、エリート主義の匂いがします。
I actually kept telling myself, the parents aren't the one that's going to the schools. It's the kids. Keep reminding yourself of that.
実際、自分自身に言い聞かせたわ「学校に行くのは親じゃない」て。子ども達なのよ。そのことを自分で思い出して欲しいのよ。
この発言をした Mah'ria Martin は、まさに大人たちの都合で「振り回された」犠牲者である。彼女は、質の悪い Normandy の黒人だけの学校から、白人が多くを占める優秀な学校へ転校、そして再び元の学校に戻された。学業優秀な Mah'ria は当然 Normandy の学校へ戻ることは本意ではない。
Normandy からの学生を受け入れる学校の保護者たちのタウンミーティングの模様も印象的だった。「金属探知機はあるの?」など、呆れる発言も少なくない。評判の良くない学校から転入するマイノリティーの子どもたちに怯えている大人の姿だ。
子供の世界に親が入りすぎると、ろくなことはない。「おたくらはどれほど優秀なのですか?」と尋ねたいが、そうしても相手の感情を逆撫でするだけなので、何も言いませんけどね。まぁ、バカですね(笑)
次は、そんな保護者の発言
This is not a race issue. This is a commitment to education issue.
人種の問題ではない、教育上の問題だ。
この保護者連中は、確かに人種の問題として見ていないのかもしれないが、そう発言した保護者も含めて
エリート主義
先に紹介した少女 Mah'ria Martin は、このミィーティングの会場にいた。こんな暴言を撒き散らす大人たちに対して、Mah'ria は会場で発言しようとするが...。この場面は、聞いていて彼女がとても不憫に思えた。
米国の人種問題について語るのは、米国の銃規制並みに難しい。本記事から多くを引用して考察を試みようとしたが、まとまりそうもないので止めた。
ただ、「我々みんなの問題」という視点が欠けると、行く末は「自分勝手」なのだ。自分勝手な連中が集まった社会は、いびつに偏ったものにしかならない。インターネットの功罪については難しすぎて書けないが、少なくともインターネット前夜と比べて、「みんなの幅も広くなった」と思う。ますます「自分勝手ではいられない」社会、そして世界なのです。
全部読む決意
この「The Problem We All Live With」は「NUMMI 2015」に続いて二本目に聞いた「This American Life」の記事だが、相変わらず素晴らしい内容。過去の歴史も含めて、事実に基づく多角的な視点で展開される記事には脱帽する。加えて、当事者の生の肉声から、更にリアリティーが伝わる。匿名報道やモザイクだらけの日本の報道が、極めて幼稚に思える。
一つの記事で1時間の長さなので、今は私の時間の都合と英語力のために数多くの記事は読めない。加えて、記事の関連情報を読むので時間を要してしまう。とはいえ、今後も読み続けようと思う。一応、「購読可能な記事は全て読む」という決意をしました。既に未読は500本以上あるけど...(泣)
米国の話だけど、決して他人事ではない。「人種差別や民族紛争は他国の話」と考える日本人は少なくはないだろうが、私はそうは考えない。黒澤映画や小津映画が海外で高く評価されているのを例に挙げるまでもない。考えるのは「表層的な問題」だけじゃないのだ。「真の問題は何か?」を問い続ければ、自分にも関係する重要な視点が見えて来る。
ということで、このブログに「This American Life」というラベルを加えました。
「大人の都合?(The Problem We All Live With, Part Two)」に続く。




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