2022年2月19日土曜日

絵とは何か

絵とは何か

著者:坂崎乙郎(さかざきおつろう)
発行:2012年12月20日新装版初版(1976年単行本)

大学を出て社会人2年目ぐらいの頃、絵画に興味を持ち始めた。主に「印象派」と呼ばれる絵画を好んだ。興味を持った理由は、次の素朴な疑問から:

絵とは何だろう、写真との違いは何だろう。

こんな疑問があったから「印象派」に惹かれたのかもしれない。

そう考えれば日本列島改造論なんていうものは、たいへん愚かしいことですね。地方色をなくし、日本全体を都会にしようというのですから。これは文化の死滅以外の何物でもないでしょうう。なぜなら、都会だけに生まれるのが人間じゃないからです。地方にも人間は現実に存在している。地方の人は都会へ来るけれども、やはり九州なら九州というものを実際大事にしている。それが海老原喜之助とか、あるいは坂本善三、あるいは坂本繁二郎という画家を生んでいる一つの大きな理由だと思います。P.31

2010年6月の投稿を思い出した。そこでは、改装中の博多駅を「梅田みたい」と思いながら:
都会の変化って、もしかして画一化されていくことなのかもしれないな...。

この引用は「1976年4月17日、女子美術大学における講演」からのもの。この講演は、次で締め括られる:
それでもなんとか、絵は想像力である、絵は個性である、最後に絵は感覚であるという問題を、突き詰めていっていただきたい。たとえ非常にナイーブな感覚のなかでも、それを20年積み重ねることによって、アンリ・ルソーのような画家も出て来るわけです。 
感覚を教えるという授業は、ほとんど不可能です。それは自分で、自分の生活の中で発見していく以外にないのです。あたりまえの話になってしまいましたが、女子美大から、いつの日か本物の絵描きが出て来ることを願って、私の話を終わります。P.46

「画一化」とは「想像力の欠如」かもしれない、「個性を受け入れない狭い心」から生まれるのかもしれない。

次は、芸術に限らず「文化の変遷」を物語っているようだ:
シュルレアリスムと一口にいっても、グループの運動である以上、画家の気質に応じてさまざまである。ちょうどフォーヴにマチスありヴラマンクありドランありといった具合で。 
で、今回「シュルレアリスム展」を見ても、シュルレアリスムが歴史お中にくりこまれてしまったからには、残るのは個性だけではないか、と思った。この点、ヘラクレイトスの言葉どおり、あくまで「個性は人間の運命である」。それとも、キュビスム運動のあとにピカソが語ったように、集団の冒険のつぎにはきまって個人の冒険がやってくるのだろうか。
集団の冒険の特徴は、若さである。青春時代、人は多かれ少なかれ芸術家であるから、意気投合すれば、よし、やろうではないか、といった筋道になる。やがて、各人それぞれの性格なり表現なりが共通の理念を支え切れなくなる。解散する。これこそあらゆる芸術運動の宿命と呼んでもよい。日本の団体展派だから純粋に利害関係で結ばれている。P.103

これまで私が参加した数々のロックバンドのことを思い出す。解散の理由は「若さ」であったかもしれない。振り返ると「もう少し続けられた」という「大人の見方」もできるが、「各人それぞれの目指すところが違っていた」現実は如何ともし難いものだった。

本書の後半は「ゴッホ」に関することが多い。
ゴッホのなかには、博愛主義者、あるいは文学者、宗教家、苦行僧、妄想家、知的障害者、夢想家、それから画家、変革者といういろいろな要素があった。彼は、次第にそういう要素をけずりおとしていったのだが、いまの絵描きは、単なる絵描きでは済まされないんです。日本の場合は、絵描きも”政治家”で必要があるという皮肉ではなくて、やっぱり批評家でなければならないし、同時に、セザンヌやゴーギャンのように文学者以上に小説も読んでいなければならない。あるいは、夢見ることも知っていなければならないし、根本的には自分の絵という制作のプロセスを通して、少しでも自分を変革し、できなければ、その周りの人何人かといっしょに変革の道をたどっていかなければならない。そういう時点に、今の絵描きも生きている。P.138
ずっと以前に、ゴッホの絵に惹かれそうになり、ゴッホ展に足を運びそうになった。行かなかった理由は今はハッキリ言える。それは「期待はずれ」な気分になるのが嫌だったから。当時の私は、ゴッホの絵を見ても「多くを感じることはできない」との予感があった。本書の言葉を借りるなら「ゴッホの絵を読む」ことはできなかったのだ。

では、あれから年月を経た今ではどうだろうか?

よく分からないが、少なくともゴッホに関する本を読みたくなった。ゴッホの絵を堪能するのは、それからでも遅くないだろう。

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