2024年8月31日土曜日

Hearts of Darkness: A Filmmaker's Apocalypse

Hearts of Darkness: A Filmmaker's Apocalypse

脚本:Fax Bahr, George Hickenlooper
監督:Fax Bahr, George Hickenlooper,  Documentary footage: Eleanor Coppola
公開:1991年11月27日
邦題:ハート・オブ・ダークネス コッポラの黙示録

ノーツ コッポラの黙示録』の Coppla 家のことの多くが省かれたためか、「ヒトと状況」が "going insane"(狂っていく)様子が伝わる。

これは、"Apocalypse Now"(地獄の黙示録) 完成後のフランスでの記者会見と思われる:
次第に
我々は気が狂っていった。

ハエのようなヘリコプター群、この好きなシーンにも、当たり前だが絵コンテがあった:
本作を通して映画監督 Coppola の「凄い映画作り」を体感したし、「巨匠」と呼ばれる監督であっても、「ふんぞりかえって凄い作品を作ってるわけではない」という、当たり前のことに気づく:
Brando がダメになったとしても
俺はそれでもこの作品を完成できる。

この Coppola の発言は、Kurtz 役の Marlon Brando の突然の出演拒否に対して。3億ドルのギャラのうち1億円を既に払っているのにである。

撮影現場であっても、困難な場面では、こんな風に考え込む「指導者」の方が私は信頼できるし、信頼したい:
つまり、我々がこの映画を完成しないなんて
あり得ない。

フランス人からベトナム戦争中のアメリカへ向けて:
歴史上、最もつまらないことのため
君らは戦っている。

私の日本語訳はイマイチだが、このセリフにはグッときた。5年ほど前、仕事で親しくなったベトナム人に、飲み屋で「ベトナム戦争をどう思いますか」と尋ねたら、「まったく無意味な戦争」と即答。一つの正し答えだと思った。

その後も撮影を難航させる事態は続発。
この事態に
Marty's had a heart attack, and Francis does't want to admit it.
Martyが心臓発作になって、Francis (Coppola 監督) は認めたがらなかった。

Coppola の発言:

Marty が心臓発作だって!
なんだそりや?

そりゃそうだ、エンディングのシーンまで辿り着けてないのに、中心人物の Martin Sheen が欠けると、それこそ作品完成は難しくなる。Martin Sheen の出演作を多くは観てない私だが、Apocalypse Now の Martin Sheen は凄く良い。Coppola にとっても作品に欠かせない役者と認めていたはずだ。

Martin Sheen 不在中でも、撮れるシーンは撮り続けたようだ。背中だけの Martin Sheen は別人の可能性もあるということだ:
Apocalypse Now の規模で、撮影セットを作り上げ、デジタル加工がない「生の撮影」の作品は、現在は作ることは稀(制作費、スケジュール等が理由で、やれないだろう)。デジタル加工された映像も、昨今では優れている作品も少なくない。しかし、私にはどこか「綺麗すぎ」て「リアルさに乏しい」となってしまうことがほとんど。これが、ちかごろ最近の映画を「観ようとするが観てない」理由かもしれない...。

こんな風に撮影してたんや...:
迎える現地?の人々から、Mad Max の "War Boys" を彷彿してしまうのは私だけか...(笑)

Marlon Brando が撮影現場に登場してからも「災難続き」だが、その点は省略。Marlon Brando みたいなことをすれば、現代では「干されそう」なものだが、Marlon Brando だから許されるのか?つまり、れだけの魅力がある役者なのだろう。

最後に、翻訳しないが印象的なシーン:

PS
次は解説がないので不明だが、実際のベトナム戦争の映像と想定。子犬を抱えたこのシーンが、Apocalypse Now の子犬のシーンを作り上げたのかもしれない:

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